one small step

山に登りながらその風景を撮り、これから登山を始める人のささやかな道標となれば良いかなと思い書いています。その他普段考えてる事なども書きます。

山の音楽

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本来は安全の為にも登山中は音楽は聴いてはいけない。

平地ならまだしも、落石や雪崩にすぐ気付けないので

傾斜のある所やガレ場、雪山などは絶対禁忌である。

上高地から横尾までや、上記の恐れが無いような所に限って、

音楽を聴きながら歩くのは最高のひと時であることは間違いない。

また、一つ前の記事で書いた読書の時間においても、

そこに音楽が加わったりするとさらに良い。

 

登山とは自分にとって逃避行為であるので、

日常の瑣末なことから遠く遠く離れ、息苦しさと体の悲鳴にのみ

心の耳を傾けているうちに、くよくよと思い悩んでいることが

いつの間にか頭の中から無くなっている感覚が必要なのだ。

その状態により一層早く到達出来るのが音楽の力であるように思う。

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自然の情景に合う曲調も良いし、歩調が早くなるような曲も良い。

悩みが深い時には悲壮な曲でさらに気持ちを沈ませたり、

爽快な気持ちの時は、より強くそう感じさせてくれるものも格別だ。

 

登山は瞑想時と同じ脳波になるそうで、疲労が限界に近づいて来ると

自律神経の力によってのみ足が動く。無意識に足が前に出るようになる。

その意識と無意識の狭間に音楽が入ると瞑想状態が長く続いていく。

 

登山では写真ではなく動画の撮影も行うので、その動画を編集した時に

つける曲を考えながら歩くのも楽しい。自分勝手にその山行のドラマを

一本作っているような面白さがある。

 

自分は歌や踊りの才能が全く備わらず生まれてきてしまった。

その為、その二つのことが上手に出来る人を心から尊敬し、憧憬する。

もし歌と踊りが出来ていたならば、こうしてくどくどと

心情を書くこともしないだろうし、びしょ濡れのバスタオルで

体を拭くような気色悪い自己憐憫もしなかっただろうと思う。

そして、短い言葉で的確に、美しく表現し歌い上げられるということは

誰かの力になり得る、人に与えられた素晴らしいスキルなのだなとつくづく思う。

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山で聴いた曲を聴くと、その山の風景がありありと瞼に蘇る。

今この記事を書いている瞬間もあの山の音楽を聴きながら、

心を山に登らせている。